鹿児島到着 久々に両親と会うが。。

ライフ

皆様,こんにちは!

アメリカのSVB経営破綻が,結構,大きな影響を与えているようですね。日経株価も下落,NYダウも下落と,金融資産が,目減りなさっている方も多いのではないでしょうか?はやく落ち着いてもらいたいです。

さて,本日は,昨夜,故郷の鹿児島に到着しましたので,記事にいたします。

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年老いた両親から辛い一言!

昨夜,21時頃に,鹿児島の実家に,ようやく妻と二人で到着しました。

両親は久しぶりの再会に喜び,特に,妻が卵巣がんを克服したことを,非常に喜んでもらいました。妻も,嬉しそうな顔で,病気の症状や抗がん剤の副作用など,辛かった経験や克服した喜びを報告していました。

写真に掲示していますが,私の大好きな鶏の刺身やとんこつ料理など,母の手料理をとっていましたが,突然,88歳になる父から,思いがけない言葉がありました。

「あと,数年しか生きることはできないかもしれない。長くて5年かな。ところで,家をどうしようか悩んでいる。」

私は,驚いて,「まだ,大丈夫だよ。長生きするよ。」と言いましたが,

「いや,自信がない。ところで,お前は,横浜だから,鹿児島には帰らないだろう。」

「たぶん,鹿児島には戻らないと思う」

「だったら,この家は,弟の〇〇に譲るから,いいな」

「弟とも相談したい。」と私は,どう回答していいかわらず,曖昧な回答をしました。

私の弟は,鹿児島に住んでおり,両親の家から,車で1時間ほどの所に住んでいます。ですから,両親の細々としたことは,弟にやってもらっています。

しかし,いきなりの遺産や介護関連の相談で,ちょっと驚きました。同時に,そこまで,両親は,死を意識していることと,私には介護といった世話についてはあまり期待してないことに,少し寂しさを感じました。

すると,母に,「〇〇は,鹿児島にいて,すぐに駆け付けてくれるし,すごいよくしてくれる。だから,今後のことは,〇〇にお願いしたい。山吉じいさんは,横浜で,めったに帰ってこないでしょう。だから,今後,介護などあなたでは無理でしょう。」とダメを押されました。

私は,長男であるため,戸惑いながらも,母が言っていることが,全面的に正しいので,何も言えませんでした。

夕食も終わり,就寝しましたが,私は,何も両親に孝行できないものかと思うと何か切ないという思いと,でも,何もできないというジレンマで,あまり眠れぬ一日でした。

弟にすべてを任せるかという判断をする必要があるようです。どうなることか?

つづきは,次回へ!

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管理人

現在60歳。某電気メーカで30数年間、サラリーマン生活を送り、早期退職したおっさんです。すでに、孫もいます。退職後は、自由きままに、生きておりますが、妻が卵巣がんステージⅢCになりました。妻の闘病記や,日々気が付いたことをブログにしたいとおもいます。

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