85年前の古びた1枚の父の家族写真 「命のバトン」につなげたい!

ライフ

皆様,こんにちは!

1日たちましたが,WBC侍JAPANの優勝の余韻に,日本中が浸っているようです。ここ数年,コロナにより行動抑制されていたためでしょうか,何か,日本全体がコロナにようやく打ち勝ったという喜びと相乗して,爆発的な勢いを感じます。日本経済も長い低迷を抜け出し,より進展して頂けるとありがたいのですが。。

本日は,昨日,鹿児島から帰ってきましたので,故郷に戻って感じたことを記事にしたいと思います。

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「命のバント」をつなぐことの大切さを感じる1枚の写真

昨日,鹿児島から帰省しました。

帰り際,仏壇で祖先に挨拶した時,ふと,仏壇の脇に父の家族の写真がありました。

そこには,2歳の父が映っており,50代の祖父,40代の祖母,父の兄弟の方々,11名がいました。父にこの写真のことを聞くと,父は,「家族でとった唯一の写真だ」と話しました。

ほとんどの方がすでに亡くなっていましたが,写真の一人一人を見ながら,これは〇〇おじさん,〇〇おばさんと父に確認していましたが,右端に立っている13歳ぐらいの男の子が,だれなのかわかりませんでした。

そこで,私が,写真を男の子を指さしながら「だれ?」と確認すると,父は,寂しそうに「〇〇にいさんだ。優秀なお兄さんだったが,朝鮮鉄道に就職して,肺病になった。」と話し,そして,「肺病になってから,実家に戻ってきて,亡くなった。すると,村の人々が,私の家は肺病の家。肺病がうつるから,あそこの家族には近づくなと言って,村人からかなりいじめられた。本当に辛かった。」と悲しそうに話しをしました。

「でも,俺は運がよかった。もし,戦争が続いていたら,俺も,朝鮮に行って,肺病で死んだかもしれない。だから,平和の大切さを痛感している」と言って,話を締めました。

私は,初めて聞かされて,驚きました。父の家系は,明るく,前向きな人が多く,このような暗い過去があったとは信じられませんでした。

でも,この話は,私たち子孫にしっかりと伝承する必要があると思いました。

平和に中で育った私たち世代,そして,たぶん子供たち世代や生まれてくる孫の世代は,「平和」は当たり前のことだと思っていると思います。しかし,「その80年前に生きていた父の家族の辛い経験,その背後には,戦争という出来事があったことを!」しっかりと理解するべきと思いました。

よく,「命のバトンをつなぐ」という言葉がありますが,それは,命が次へ受け継がれることだけではないと思います。「一つ一つの命」には,歴史があり,その歴史の中で,学んだことがあると思います。だから,この学んだことを,しっかりと次の世代に伝えることも,「命のバトンをつなぐ」ことだと思います。

だから,私は,父に,「是非,この話を,私の子供たちや孫にして欲しい。日本という国で「生」を授かったことは,奇跡に近いことであり,だからこそ,「生」を大切に扱うことを教えて欲しい。そして,「平和」の大切さを教えて欲しい。」とお願いしました。

父は,笑っていましたが,きっと,役割を果たしてくれると思います。

たった1枚の写真。でも,そこには,「命のバトンをつなぐ」かけがいのない歴史が刻まれていることを痛感しました。

つづきは,次回へ!

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管理人

現在60歳。某電気メーカで30数年間、サラリーマン生活を送り、早期退職したおっさんです。すでに、孫もいます。退職後は、自由きままに、生きておりますが、妻が卵巣がんステージⅢCになりました。妻の闘病記や,日々気が付いたことをブログにしたいとおもいます。

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