卵巣がん発覚まで 仮告知

妻の闘病

皆様,こんにちは。

いつまで,この暑さは続くのでしょうか?まだ,6月ですよ。今月の電気代が,非常に気になります。かんべんしてほしいですね。

さ~,つづきをどうぞ。

MRI検査

ついに,29日に,妻,息子,私は,S大学病院に向かいました。良性であることを信じて。。

午前9時から造影剤MRI検査を,妻は受けました。はじめての経験でしたので,かなり緊張しながら,MRI検査に臨みました。

息子と私は,終了するまで,待合室で待っていましたが,10時頃に,妻は戻ってきました。

息を止めながらの検査だったので,胸水があり,呼吸量の少ない妻にとっては,結構,きつい検査だったようで,かなり疲れているようでした。

診察は,12時30分からでしたので,そのまま,妻,息子,私は,無言で,待合室で,診察を待ちました。しかし,13時になっても,呼ばれません。遅いなと思いながらも,良性であることを信じて,待ち続けました。

15時になっても,呼ばれません。そこで,妻が,受付に確認に行きましたが,受付からは「現在,画像情報を解析をしており,まだ,解析が終了してないようです」と回答があり,息子と私は,たぶん,良性か悪性かの判断で迷っているのだろうと話し合いました。

16時になっても,呼ばれません。さすがに,遅すぎるので,私が,「12時30分に診断となっておりますが,まだでしょうか」と受付に詰め寄ると,受付の方が,担当医のところに確認に行き,結果,「画像の一部が,影になり,見えてないところがあるため,担当医が確認している最中ですので,もうしばらくお待ちください」と説明がありました。

悪性か,良性かわからない状態で,待ち続けるのは,本当につらい時間でした。しかし,良性という希望があり,その希望にすがる思いでいました。たぶん,妻も同じ気持ちだったと思います。

そして,ついに,16時30分頃に,呼び出され,妻,息子,私は,診察室に入りました。

卵巣がんⅢc以上と告知

診察室に入ると,女性の担当医と看護師が,待っており,いきなり,担当医が,「悪い話ですが,卵巣がんⅢc以上です」とあっさりと告知しました。

そして,MRIの画像を見ながら。「卵巣は悪性腫瘍です。腹膜播種していますので,Ⅲc以上です。また,腫瘍マーカの値もかなり高いので,ほぼ間違いないと思います」と説明なさいました。

3人とも,言葉を失ってしまい,沈黙の時間が流れていきました。妻は,少し,目を赤くしていました。たぶん,波が出てきたのでしょう。かなりのショックを受けているようでした。

私から,「他の部位への転移はないでしょうか?」と尋ねると,「この検査ではわかりません。PET検査を行い,状況がわかると思います。」と回答なさいました。

そして,担当医は,「この病院の婦人科では,腫瘍の患者様の治療はできませんので,病院をご紹介したいと思います。病院は,ガンセンター,Y大学病院,S大学病院です。どうしますか」と尋ねられましたが,病院選びは非常に重要と考え,「一旦,考えさせてほしい」と保留にし,診察室から引き上げました。

3人で,病院を相談したいと思いましたが,妻は茫然としおり,話ができない状況でしたので,息子と私と話し合い,ガンセンターに決めました。決めた理由は,家から比較的に近くにあること(20分程度),ガンの専門病院であり,手術数も多いことでした。がんセンターの選択に,妻は,黙って,うなづきました。

「ガンセンターにしたいです」と担当医に伝え,担当医の方で,ガンセンターへ連絡し,予約をして頂きました。結果,4月1日に診察が決定しました。スムーズに対応頂きました。

帰り際,担当医の先生に,「ガンだからと言って,すぐに状況が悪くなることはないので,頑張って治療してくださいね」と励まされ,病院を後にしました。

その後,雨の中,タクシーで自宅に戻りましたが,誰も一言も話さず,ただ,ワイパーの音がむなしく車内で響いていました。そして,妻は,ぼんやりと窓の外を見ていました。

つづきは,次回へ。

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管理人

現在60歳。某電気メーカで30数年間、サラリーマン生活を送り、早期退職したおっさんです。すでに、孫もいます。退職後は、自由きままに、生きておりますが、妻が卵巣がんステージⅢCになりました。妻の闘病記や,日々気が付いたことをブログにしたいとおもいます。

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